『「おろかもの」の正義論』という書名について



これは編集者の増田さんがつけてくれたものである。ひょっとしたらこの書名を気に入って買ってくれた人もいるかもしれない。そういう人にも増田さんにも申し訳ないのだが、わたしはこの書名を気に入っていない。わたしが考えていたのは『正義という約束事』だった。

人は時として愚かである。そして、他人から見て愚かとしか見えない振る舞いの中にこそ、その人の切実な思いが現れている場合がある。そんな風なことを書いたことは確かにある。

だが、わたしは愚かであるということを良しとしたことは一度もない。人から見て愚かに見えることと、本当に愚かであるということとはまったく別の話である。「もっと要領よくやれよ(バカだなぁ)」と言われる人は、その「要領よい」振る舞いが分からないからではなく、「要領よく」振る舞うことが、自らを汚すことになると思うからそうしないのかもしれない。「要領よく」振る舞えば、世間的に有利な立場を手に入れることができるとしても、それが自分をまげることになるならば、本人にとってそれは賢い振る舞いではないのである。

わたしは、愚かであることが悪いとは思わない。だが、開き直って愚かさに安住することは恥ずべきことだと思う。能力に限界があることは当然だ。それでも、自らの力を尽くして考え、一歩でも考えを先に進めることに努めるべきだと思うのだ。



●追記

とはいえ、書名を自分でつけなかったことを後悔してはいない。

なぜなら、まず中途半端に妥協して双方に不満が残るよりは、相手に任せたほうがいいと思うこと。次に、いままで他人に書名を決めてもらった経験がなかったこと。わたしは新しいことを試すのは嫌いではない。また、自分でつけたものが最良とも限らない。

そして最大の理由は、編集者の増田さんなくして本書は生まれなかったのであり、本書に名を与える資格は十分にあると考えたことだ。本書執筆の経緯については「あとがき」でも若干触れたし、今後もう少し詳しいことを書こうと思っている。いまはただ簡単にこう書いておこう。全く無名のわたしを新書の執筆者に起用するというのが、無難な選択でなかったことは明らかだ。わたしを見いだした慧眼を讃える声は既にある。わたしはそれ以上に彼の「良い本を創りたい」という志を強く感じ、それに報いたいと思ったのだ。


●さらに追記

なお、わたしは書名に強い不満があることを増田さんに伝えなかった。もしそうしたら、増田さんはわたしが希望するタイトルに変えてしまったかもしれない。増田さんが筆者の強い希望を無視したのではないことは、ここではっきりさせておきたい。

わたしは『「おろかもの」の正義論』という書名が気に入っていない。だが同時に、増田さんがもっともいいと思う書名が与えられたことを嬉しいと思う。



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