真夜中の訪問者

真夜中に誰かがが家に入ってこようとしたらどうする? 引っ越したばかりで、自分の家を知っている友達は誰もいないというのに。

 なんだかチャイムが鳴ったような気はしていた。音量を最低にセットしていているので、深く眠っている耳には届きにくいとしても、なんだかしつこく鳴っているなとは意識のすみで思っていた。"お隣かな‥‥早く出ればいいのに"

あれ。なんだか気配が動く。近づいてくる‥‥??

ベッドサイドの窓が引き開けられる音がして、わたしは総毛立った。

「入れて」

窓を見る。よかった。窓が開けられたんじゃなかった。あの音は、網戸を開ける音だったのか。若い女の声だ。ザンネンながら夜中に窓から入って来たがる知り合いはいない。

−−なにかお間違えじゃないですか?

「**でしょ。ドアを開けて」

**は男の名前みたいだがよく聞き取れなかった。いずれにせよ、こんな時間に入れてもらいたがる知り合いはいない(というのも情けない?)。こちらでは講義を担当していないから、学生のストーカーということもないはずだ。

−−違います。

「渡辺さんでしょう」

おや、苗字に変わった。でも、やっぱり人違いだ。
−−いいえ。

「顔を見せて」

ううむ、どうしてそんなに自信があるんだ。ちなみに、冷静で知的な印象の声だったので、状況の異常さとのコントラストが際だっていた。顔を見せて人違いだと納得してもらおうか。でも、強盗の類だったら困る。仲間がいるかもしれない。

−−こんな時間に見知らぬ相手に顔を見せろというのは、いささか社会常識に欠けるのではありませんか。

「‥‥‥‥」

そして、気配が消えた。たぶん、わたしの話し方で、お目当ての人物でないことに納得がいったのだろう。

それにしても、どうして間違えたのか不思議だ。ここは新築だったのでわたしが最初の住人だ。前に住んでいた人を訪ねてきたはずはないのだ。マンションのプレートには明りがついている。それをいちいち見ないとしても、ドアの前に来ても違うと分からないというのはヘンだ。

ちゃんと顔を見せてやればよかったか、とちょっとだけ思う。相手の顔も見てみたかった気はするし。でも−−

  (顔を合わせて)
「‥‥‥‥」
  (そんなに見つめなくても‥‥。ほら、人違いでしょう)

「ヒロシ‥‥」
  (えっ)
−−違います、わたしは小林和之です。
「カズユキ、会いたかったわ」
  (えっえっ)
−−だから、違います。
「カズユキなんでしょう」
−−いや和之なんだけど‥‥
「やっぱり。もう逃がさないわ」

こういう展開がいちばん恐かった。






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