執筆(しない)日記




●2002年12月31日

予定の狂う一日。今年を象徴するようなことだったかもしれない。

2003年こそは、一冊以上お届けしたいものである。


●2002年12月30日

久しぶりに郷里の友人たちとの忘年会。無条件に楽しかった。この中の出来事も執筆に使えないかと考えているのはよい傾向と言うべきだろう。

心おきなく遊びに出かける口実? いや、違うと思う‥‥。


●2002年12月29日

新幹線自由席で運良く座れた。おかげで原稿が少し書けた。文章と内容の難易度設定にはやはり悩むところだ。書いた部分を、全体のどこに持ってくるかも未定。どこに持って来るにせよ、つながりが見えてかつ独立性のあるものにしなければならない。

おお、なんだか執筆日記らしくなってきたぞ。と、いうところで終了予告。読み返してみると、公開する価値のあるようなことは書いていない。価値のあるものを書こうとすると時間をとられすぎる。だから、執筆(しない)日記は今年いっぱいでやめることにした。

ただし、日記とは別のかたちで執筆状況を報告するようなページは作ろうかと思う。ムチは残しておかなくちゃね。不定期、もしくは週報のような格好にするつもり。


●2002年12月28日

年賀状を作り終える。いまさら、ではあるが。パソコンの調子が悪く、再セットアップに時間をとられた。けっこう疲れる。明日は帰省しよう。


●2002年12月27日

再度眼科に行く。眼圧が高く、緑内障の前駆症状かもしれないと言われる。おやおや、失明が冗談ごとでなくなってきたぞ。一過性のものかどうかは、正月明けに再度眼圧を測定して判断することになる。


●2002年12月26日

年末はいつも憂鬱。

今年も何にもできなかったなぁ、と思う。もうそんなに時間は残されていないのに。来年は、実り多き年にしたいものだ。そのためにもさっさと原稿を書かなきゃね。


●2002年12月25日

原稿について考える。ようやく執筆日記らしくなりそう、だが、書き始めるには至らず。どこから書き始めるかが、ようやく決まった感じだ。


●2002年12月24日

眼科に行って、今日がクリスマスイブと知る。眼の赤はやはり出血だった。疲労で出血する場合もあるから、それほど心配しなくてもよいとのことだった。いま目が見えなくなるとちょっと困るな。


●2002年12月23日

ひたすら寝て過ごす。数日前から眼球に出血らしきものあり。ちょっと恐いな。


●2002年12月22日

集団と悪

自らのために悪をなさぬ者も、他者のために悪をなす。これは人にとって呪いであり、また救いでもある。

こんなこと、とっくに知っていたはずなんだけどなぁ。


●2002年12月21日

シンポジウムのプレゼンは成功だった。

で、ちょっと自己嫌悪。自分が研究していないことについて報告するべきではないと思った。何だかサギをしたみたいな気分だ。自分が考え出したんじゃないものを、確信ありげに話すのは研究者のすることじゃないね。


●2002年12月20日

シンポジウムの準備をして、家に帰って時計を見ると23時。やれやれ。

プレゼンの予行演習をやって大きな収穫があった。人間というのは目先に幻惑されて、はっきりと言ったことでも聞き逃すものだと、あらためて身に浸みたのだ。そう言えば、講義していてもそうだった。1回聞いて分かるのは天才。3回聞いたくらいじゃ分からなくてフツー。100回聞いても分からないヤツは分からない。

そのくらいに思っておかないとダメだね。そして、そうならないために工夫しなければいけないんだ。

多くの人に分かってもらうというのは、ホントにたいへん。


●2002年12月19日

日記っていつ書くんだろう。

19日の日記は19日中に書くのが正しいのか、20日以後に書くのが正しいのか。19日のことは19日に書くのが筋だ、という気もするし、19日が終わっていないのに19日の日記を書いてしまうのはウソだという気もする。

就寝直前にその日の出来事を書いて、終わったら寝る、というのがよさそうなんだけど、1時とか2時とか、日付を超えてから寝ると、その日の出来事は数時間のことでしかない。

まあ、はっきりしているのは、「そんなことはどうでもいい」ということなのだが。


●2002年12月18日

疲れた。近く行なわれるシンポジウムの関係で模擬裁判の実習を手伝ったのだが、とつぜん右陪席裁判官役をすることになったのだ。証拠書類を見せてもらうこともなくぶっつけ本番になったので、出しゃばらずにじっとガマンしていた。

で、裁判官や弁護士になるっていうのも面白かったかもしれないな、と思った。さらにはシンポジウムのプレゼンのアイディアも浮かんだ。このプレゼンも、自分が研究しておらず、よく知らないことについて説明しなければならないということで気が重かったが、けっこううまくいきそうだ。

え、執筆???‥‥まあ、お察しの通りである。


●2002年12月17日

まだ一行も書いていない、というのを1週間くらい続けてみようかと思っていたが、鬱陶しいのでやめることにした。1週間のつもりが1年になっては困るし。

書いていないとはいえ、考えていないわけではない。章立ての見直しと、注の扱いについていくつかアイディアは浮かんでいる。"Thinking like Singing"は、エッセイのくせに注があるという妙な体裁にしているが、新書ではどうすべきか。脚注にしてもらうのはコスト的に難しいだろう。エッセイの注というのは、単に皮肉であるというだけでなく、ハイパーテキストとリニアリティの両立を狙ってのことだが、新書ではあまり実験をするわけにもいかない。注はテキストをつなぐが、章の立体構造を示すにはどうすべきか、なぁんて、いちおう考えているわけだ。

さて、これで3日、日記を続けたわけで、三日坊主の資格を得たということになる。明日ははたして?


●2002年12月16日

まだ一行も書いていない。

予備パソコンのPC静音化失敗。電源ファンを交換するつもりだったが、元のファンがハンダ付されていたため断念。電源ごと交換するか、ファンコントローラを入れるか検討中。

メインパソコン不調続く。正常に終了できないことが多い。起動もときどき不能。原稿執筆のために、静かで安定したパソコンは不可欠なのでとても不安。

執筆日記は、毎日でないとしても頻繁に更新する予定なので、更新告知はしないことに決定。


●2002年12月15日

まだ一行も書いていない。

来年中に出せるかどうか危ぶんでいる、と出版決定のお知らせで書いたとはいえ、決して出す気がないわけではない。この日記を掲載することにしたのも、自分にムチ打つ試みなのである。なんだか自虐的だが。老骨にムチ打って書かなければならないのだ、しかばねにムチ、にならないうちに(じゃっかん用法上の混乱あり)。

今日は、洗濯、炊事、掃除、買い物となかなか充実している。これから予備パソコンの静音化に取りかからなければならない。たぶん、今日も書けないだろう。

まだ一行も書いていない。

当分は、執筆しない日記になりそうである。




 | トップ  |