法哲学的寓話

ラデオン・ゲートの殺人鬼 2


「分かってると思うが‥‥」言いかけるアシュトレーのことばをコムゼーが先取りした。
「オレたちに法律を破る理由はない」

そうなのだ。オレたちは、法律の範囲でじゅうぶん上手くやっていける。法の抜け道を探したり、法律ギリギリのことをする必要さえない(もちろん、報酬によっては引き受けてもいいことではある)。法律を知っていれば、人生というゲームでずっと有利にプレーできるのだ。アシュトレーは、ときどきルールを知らず知ろうともしない大衆が哀れになった。オフサイドも知らずにサッカーをやっているようなものだ。いや、ボールを扱うには足しか使っていないと思いこんでいると言ったほうがいいか。ヘディングができること(頭を使うこと)を知らないのだ。そういうのが相手だから、アシュトレーにとって人生は「勝つと分かり切ったゲーム」だった。

「そして、おれはもうじゅうぶん稼いでる、だろ」
「自分を知ってくれている相棒と組むのはいいもんんだな」
アシュトレーはニヤリとした。この点が、二人のもっとも大きな違いだった。アシュトレーは、世間並と比べてずっと豊かで快適な生活を送っていることに満足していた。もちろん彼は大金持ちではなかったが、そんなものになりたいと思っていなかった。知的刺激のある仕事、上等の食事、美しい妻。週末には、スケッチブックを持ってちょっと遠出をする。引退した後は、どこか田舎に住まいを定めて、毎日絵を描いて過ごすつもりだ。だが、早く引退するために、若いうちにたくさんの仕事をこなそうとも思わない。アシュトレーにとって大事なのは「今」だ。将来のために、今を楽しむのをやめるつもりはなかった。

「惜しいねぇ、まったく」コムゼーは悲しげに首を振って見せた。 「有り余る才能を持ちながら、それを十分に発揮しないとは。まったく社会的損失だよ‥‥」
「弁護士法第1条第1項:弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」
こんどはアシュトレーが先回りして引用し、二人で声を上げて笑った。実にくだらない、無意味な条文だ。基本的人権は、いちおう憲法で決まっているとしても、社会正義とはいったいなんなのか。テロリストはテロリストの正義を口にする。フェミニストはフェミニストの正義を口にする。マルキストはマルクス主義の正義を口にする。それぞれが自分の願望に「正義」というレッテルを貼っているにすぎない。この世に正義があるとしたら、それは法律を守ることだろう。まあ、この規定も、大衆へのリップサービスとして考えるならそう悪くないかもしれないのだが、あいにく大衆はそんな規定があることなどご存じないのだ。

「わが社としても、もう少し欲を出してくれたほうがうれしいのだが‥‥」 こんどのセリフには、やや実感がこもっていた。アシュトレーがもっと野心的なら、将来、事務所を拡大するとき大きな戦力になるだろう。だが、コムゼーは、そういうアシュトレーだからこそいっしょに仕事ができるのだとも分かっていた。能力があって野心がない人間は貴重だ。足をすくわれる心配をせずに仕事を任せられる。アシュトレーは決して裏切らないだろう。善意や友情よりももっと確かな理由でコムゼーはアシュトレーを信頼することができた。

お互いの姿勢と立場を確認する儀式は終わった。アシュトレーには、危ない橋を渡る気はなく、コムゼーはそれを尊重したうえで手伝ってほしい仕事がある。

確認がすむと、アシュレーは好奇心がわき上がってきた。どう考えても割に合わない刑事弁護事件に、正義や人権に関心のないコムゼーがなぜ関わろうとするのか。まさか「ラデオン・ゲートの殺人鬼」が政治家の隠し子だということはあるまい。仮にそうだとしても、そういう「金になる」刑事弁護は、「ヤメ検」「ヤメ判」*1のところへいくはずだ。

「聞こうか」アシュトレーは、まっすぐにコムゼーを見ていった。

「例のカルト教団事件のことは憶えているだろう」



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*1 それぞれ、元検事、元判事の弁護士のこと。検察庁・裁判所へのコネを利用して有利にことを進めることが期待されて、汚職事件でよく利用される。



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