法哲学的寓話

ラデオン・ゲートの殺人鬼 3




コムゼーが言っているのは、数年前におきた、カルト教団が地下鉄に毒ガスを散布するという事件のことだ。

「いまでも、イヤミを言う客がいるぞ」

「だろうな。そういうとき、どうしてる?」

「当事者主義と必要的弁護制度の意義についてくわしく説明するさ。相応の報酬が受け取れる場合には。」

もちろん、そんな場合などありはしない。実は、こうしたことについて知ることは、大衆にとって意味のあることだ。この事件はいろいろな意味で謎の多い事件なのだが、世間的には「頭のおかしい教祖のせいだ」で片づけられている。アシュトレーは、この事件がもっと大きな事件の一部ではないかという気がしていた。捜査当局は、"わざと事件を起こさせた"とさえ考えられる。その教団に対しては、事件の前に家宅捜索が行なわれる予定になっていた。それが直前になって中止されたのだ。実際に捜索が行なわれていれば、事件は起こらなかっただろう。

だが、アシュトレーにとってはどうでもいいことだった。仮にこれが巨大な陰謀の一部で、国家主義を強化する目的で惹き起こされたものだとしても、アシュトレーは困らない。それはせいぜいルールが変わることでしかない。アシュトレーはどんなルールでもうまくプレイできる。重要なのは、ルールが何かではなく、ルールを知っていることだ。そして、いうまでもないことだが、大きな陰謀なんて話はほとんどあり得ないようなことだ。せいぜいが、捜査当局が凶悪犯罪を絶好の機会として最大限に利用しているというところだろう。それは今回に限ったことではない。ビジネスチャンスを逃さないのは商売の鉄則だ。

「ところが、無償で情報提供する善意の方々がいらっしゃるので、マーケットが成立しない」

コムゼーは悲しげに首を振って見せた。これは本気だ。彼は、専門家が無償で情報提供をすることは犯罪的だと思っていた。そんなことをしていてはいつまでたってもこの国では情報の価値が正当に評価されないと。法律相談は、30分で5000円(日本円換算)という、途方もなく安い値段に長く据え置かれている。それでさえ、"ちょっと聞いただけで"という反応は珍しくない。

「他にも仕事はあるさ。十分にね」

「そういう方々は、割に合わない仕事を引き受けてくれもするわけだが‥‥」

「あんまり熱心に取り組まれると、われわれの仕事にまで影響が出てくるな。それで弁護 士会のご登場か」

弁護士会の総意、なんてもののは存在しない。弁護士は独立性の強い職業だ。とはいえ、業界の利益のためにはあるていどの協力が必要になる。最近は、弁護士を取り巻く状況も大きく変わっていこうとしているところで、弁護士の間で会合が開かれることが多くなってきていた。

「イデちゃんにはやらせたくないが、自分ではやりたくないというのは当然だな。だが、うちがババ抜きで負けたというわけでもあるまい」 確かに、イデちゃんが頑張りすぎて世間の評判を落とし、弁護士がみんなそうだと思われるのは迷惑なはなしだ。しかし、どこもやりたがらないことをなぜうちがやる?

「ああ、実は‥‥」

答えかけるコムゼーをアシュトレーが遮った。

「いや、いい。だが、好きにやらせてもらうぜ」

コムゼーは、弁護士仲間に「貸し」をつくる気だ。野心家の彼はそれを今後のことに利用しようというつもりだろう。アシュトレーはそういうことに興味がない。

「恩に着る。あんたなら、安心して任せられるよ」

コムゼーは、満足げにうなずいた。そして、彼に「貸し」をつくったことで、アシュトレーは満足した。コムゼーは借りを忘れない。少なくとも、アシュトレーに利用価値がある限りは。

「まずは接見だな」

殺人鬼に会いにいかなければならない。さて、どんなヤツだろう?

続く





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