新書最終調整



筑摩書房との(たぶん)最終打ち合わせをした。

編集の人によれば、内容については1パーセントの不満もない、ということだった。その上で、わたしがあえて書かなかったことについて書いてほしいという注文がついた。増ページは可能だという。

書かなかったのは、書きたくなかったからではない。中途半端に書くと誤解されるから、書かない方がいいと判断して、書くことをあきらめたのだ。

実は、その判断が間違っていたとはいまも思わない。たぶん、その部分は書かないほうがいいと思っている。

しかし、期待された以上書かなければならないだろう。仮にそれが書かないほうがよいと確認する作業にすぎないとしても。

そして、もちろんかすかな期待はある。書かないほうがいいという判断は、現時点でのものだ。これから何かいいアイディアが浮かぶかもしれない。ただし、期限は盆明け。これ以後のスケジュールは完全にわたしの手から離れることになる。11月に出せる可能性もあるということだが、はたして?


●追記

実は、新書の原稿に自分としては不満だらけなのだ。読み返してみると、書けなかったことがあまりにも多い。

そして、5年後くらいに書いたらもっと熟成されているはずだと思うようなことを今書いてしまっている部分があるという、より根本的な問題もある。

今この新書を書くのがわたしにとっていいことなのか?

と悩んでいても仕方がない。ベストの状態で勝負できないのが世の常というものだろう。不十分な条件の中で最善を尽くすほかない。そして、ベストじゃなかったことは、つまらないものを書く言い訳にはならない。

最終の締切りまであと10日ほど。原稿は提出済み。もう根本的に変わるはずがない。だが240時間、悪あがきしてみることにしよう。


●追記2

最終打ち合わせで釘を刺されたことがある。新書の原稿をWEBサイトで公開しないでほしい、ということだ。

もちろん了承した。というか、最初からそのつもりはなかった。営業妨害になるようなことをしようとは思わない。著作権がどうこうではなく、これは信義の問題だ。論文の「未来は値するか」もWEB公開をしなかったのは、出版社の意向を尊重したからだ。

ただ、「未来は値するか」だけのために3,000円の論文集を買ってくれというのは少々気が引けるので、メールで請求してくれた人にテキストファイルを送付することにした。

今回はそれもしないつもりだ。売れ行きに影響はあまりないような気がするのだが‥‥。そして、読んでもらうえるなら、タダで配りたい気持ちがあると同時に、お金を出しても読みたいという人がどれくらいあるか知りたいという気もする。

もちろん、わずかでも収入になることは悪いことではない。今は何より時間がほしいのだが、時間はある程度は金で買えるからだ。手間を省くにはそれなりに費用がかかる。

さて、あと180時間と少し。

●追記3

このところ、かつてない密度で自分の文書を読んでは書き直している。改めて思う。わたしは文章を書くのが苦手で嫌いだ。読みたいと言ってくれる人がいるから、かろうじて書いていられる。

そういえば、追記2で「わずかでも収入になることは悪いことではない」と書いたが、今回の仕事でお金の話は一度も出ていない。契約書も取り交わしていない。ここらあたり、日本的だ。まぁ、仮にこの件が消えて無くなったとしても、まったくのムダではない。この話がなければ絶対にしなかっただけの分量の文章を書いた。これはそれ自体修練として意味があったと思う。

さて、あと62時間弱。





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