タイトル・部数決定



タイトル『「おろかもの」の正義論』・初刷12,000部で出ることになった。

タイトルはわたしが考えたものではない。わたしとしては『「正義」という約束事』にしたかったのだが、任せると約束した以上文句は言わない。

『「おろかもの」の正義論』というタイトルは、単にわたしの趣味ではないというだけでなく、内容の表示として若干の問題があるとも感じている。

わたしは、「愚直」ということを表に出すのが嫌いだ。哲学では意味がないと思うからだ。わたしは、たとえ力およばないとしても、徹底的に合理的に考え抜くことこそ重要だと考えている。

その姿勢が周囲には愚直であると見えて、ある種の尊敬を勝ちうることが可能であるとしても、それを売り物にするのは情けないことだと思う。思索者は、思索の成果の「賢さ」を問われるべきで、"結果はともかく一生懸命考えました"ということを自ら主張することほど惨めなことはないと考えている。そして、人間はさまざまな意味で愚かであるとしても、開き直って愚かさに安住すべきではないと思う。

また、正義を語ることは愚か者のすることだ、というようなことを主張していると誤解されないか。

そして、わたしは「正しさ」はすべての人のために必要だと思っている。もっとも賢い人にも、もっとも愚かな人にも欠くことのできないものだと考えている。愚か者とそうでない者とで違う「正しさ」があるとも思わない。『「おろかもの」の正義論』というタイトルは、特殊な「正義」を語っていると誤解されないか。

それでも、わたしは『「おろかもの」の正義論』というタイトルを受け入れた。そしてそれは、「約束した以上、どんなにダメなタイトルでも受け入れる」という消極的な姿勢からではない。

わたしは、書いたものをできる限り多くの人に読んでもらいたいと思う。「売れる」タイトルについての感覚は、わたしより編集者のほうがはるかに確かだろう。そして、いままで一緒に仕事をしてきて、担当してくれた編集者はわたしの原稿を単なる商品として考えていないと感じる。

できる限り多くの人に、価値あるものを届けたい−−そういう心意気を感じるからこそ、編集者の判断に従うのだ。





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