完成予想図






 お遊びで作ってみた。題名などは仮に入れたもの。フシギなものでなんとなく、もうできあがった気分になってしまった。

 遊んでないで、さっさと書け、と言われないうちに、原稿に取りかかるとしよう。

●追記

年明けに診察を受けたのだが、目は残念ながら良くなっていなかった。良くなることも期待できないらしい。視野検査の予約をしてきたが、2月までまたされる。

良くならないといっても、薬で進行を食い止めることはできるとのこと。一生、薬と縁が切れなくなるわけだが。

人間の体も使い捨て、なんてことは前々から知っていたことではあるが、耐用年数が近づいていることを実感するのは嬉しくないね。

もっとも、目が疲れやすいという以外の自覚症状はないので、執筆に差し支えるようなことは多分ないと思う。

で、執筆はというと、ある章(第何章になるかは未定)の第一草稿を送ったところ。担当の人は、いま別件でたいへんだそうで、コメントをもらえるのはもう少し後になりそうだ。その間に、推敲を行なうとともに次に書く部分について考え中。

送った部分は、"「正しさ」を探求すること"の知的活動的位置づけについて述べたもの。このあたり、用語が定まっていないこともあってなかなか微妙だ。中には"脳科学と正義"などの小題をつけてみたものがある。自然科学との対比は、正しさの探求の性質を考える上で重要だと思う。

いま書いている部分の小題は"名前の公共性"。夫婦別姓のはなしもこれに含まれる。いままでの議論は、どうもツッコミ不足な感じがして不満だった。人間に名前がある意味、はもうちょっと考えてほうが面白い。

●さらに追記

眼圧下がらず(どころか、やや上がる)。薬を変えることになった。「急性の兆候が現れたら、夜中でもすぐ電話しろ」と言われ、少々おどろく。確率は低いと思うが、失明なんてまずあり得ないとは思わないほうがいいのかもしれない。目が疲れやすいのと、まれにまぶたの上のあたりが痙攣する以外に症状はないから、まぁ大丈夫だとは思うのだが。

ご心配いただいた方、どうもありがとうございます。いまのところ、日常生活にまったく支障はありません。1日に10時間以上ディスプレイを見ているのである意味、疲れるのは当たり前なんですよね。




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