古道を歩く感覚


ゴングが鳴った。トレーナがミットを下げる。30秒の休憩だ。

激しい運動の後、酸素負債に身体が悲鳴を上げる。大きく静かに呼吸をして、身体に酸素をしみこませる。全身を血液が駆けめぐり、脳の血液流量は一時的に低下し、意識がいっしゅん遠くなる。

ああ、この感じだ。コーナーのロープに身体を軽くあずけながらふと思った。この感じは熊野古道を歩く感覚に似ている。

求めていた何かで全身が満たされる感覚。そして、気が遠くなっていく感覚。

もちろん、違う部分は大きい。熊野古道を歩くとき、酸素負債の苦しみはないし、気を失ってしまいそうにもならない。心身は静かに充実するのであり、意識は透明だ。「意識が遠くなる」感じが似ていると感じるのは、たぶん雑念が去っていく感覚とほど近いからなのだろう。

−−分かりにくい例えを重ねた感じがあるね。



 | トップ  |