美人と哲学者のほめ方


「本書は、智を愛すことを通して人を愛すことを学ぶ本でもある」

小飼弾と言う方が、わたしの本についてそんな風に書いてくれた。 小飼弾さんについては、ご本人には誠に申し訳ないのだけれど、ホリエモンの元相棒と紹介するのがいちばん分かりやすいだろう。税金はもっと払っているそうだ。

本人の人となりを伝えるひとこととしては、「私は自分の浅学非才を改めて思い知らされて、壮快な気分を味わっている」を推薦しよう。これは立派だ。こう言える人はまず間違いなく浅学非才から最も遠い人だ。興味のないことを知らないのは当然だが、ひとたび興味をもったらあっというまに相当のレベルに到達できる人だろう。

ただ、「智を愛すことを通して人を愛すことを学ぶ本」ということばを受けることはできない。あまりに過分の賛辞だ。わたしの本は、このことばに値しない。わたしは、そういう本を書くことを目標にすることさえできない。死ぬまでに「法哲学絵本」を書いてそういうことが実現できればいいな、とは思っているが、今のところ現実性が全くない。

それでも、こういう風に書いてもらえたことは非常にうれしかった。

たぶん、この人は「わたしが書いていない部分(敢えて書かなかった部分)」が見える人なのだと思う。わたしの書くものには、しばしば正反対の評価がつきまとうのだが、その理由の一つがこれだと思っている。書かなかった部分が見えるか見えないか。見えるとして、どれくらい見えるか。

−−ただ、わたしの本からの引用がちょい間違っている。

バカに関して言うなら、「理系とハサミは使いよう。文系につける薬はない」[pp. 108]

とあるのだけれど、正しくは
バカに関して言うなら、「理科とハサミは使いよう、文科につける薬はない」
なのだ。バカ、リカ、ブンカで脚韻を踏んでいるわけ。

いや、もちろん些細なことだ。些細じゃないとしても、これだけ褒めてもらって文句を言ったら罰が当たる。



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