書く理由



久しぶりにヒドイ風邪にやられた。

とりあえず凌いでいる状態が1週間以上続いている。長いな。

死ぬ前に2冊ほど書いておかなければならないものがあると思っているのだが、体調が悪いときには、"手順を踏む"ことがいらだたしくなる。

いちばん書きたいこと、書かなければならないと信じていることは、いま書けない。書けるのは、少なくとも公表できるのは、この次なのだ。

まだ死ぬわけにはいかない、はオオゲサで、まだ当分死にそうにはないのだが、残り時間の少ないことを意識せざるを得ないときに、いちばん書きたいことが書けないのはツライ。

これを書くために生まれてきた、なんてことは金輪際思わない。これ以上のことは、生きていれば書けるようになる。 書かなければならないというのは、一種の強迫観念だろう。わたしにとっては、堤防の水漏れ、あるいは、山火事の発見者の義務という感じだ。気づいてしまった以上、それを人にしらせなきゃいかんのじゃないか?

それを先送りしつつ、とりあえずグッタリしてなきゃならんのが情けない限りだ。

鋭い痛みに耐えて書く意味はある。だが、感覚を鈍らせる微熱とむかつきの中で書いたものは力無く雑で読むにたえない。

感覚を鈍らせる日常の中で、ひとり研ぎ澄まされていることは哲学者の条件だと思うのだが、今はそれを満たせない。

だから、今ほど明日を信じられるときはない。






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