落ちていたケータイ



道の真ん中近くにケータイが落ちていた。さて、どうしよう。拾って届けてあげるのが親切なのは間違いないとして、壊れている可能性は高い。早朝で交通量は少ないが、ちょっと危なくもある。

まぁ、見てみよう。スクータを道の脇に停めて、拾いに行こうとしたら、そこに車が来た。

踏むなよ、との願いもむなしく、タイヤはケータイをはじいた。カラカラと乾いた音を立てて、ケータイは道路の中央を横切って道の向こう側のほうへスピンしていった。

半ば以上あきらめて、ケータイを拾った。なんと、傷だらけだが死んでない。少なくとも、電源は入った。

なんとも丈夫なものだ。まともに踏まれたのではないとしても。

さて、どうやって持ち主の手に戻そう?

●追記1

手がかりがあるだろうとは思ったが、のぞき見をするようで気が進まない。着信を待って、誰にかけるつもりだったかを聞くことも考えたが、相手によってはメイワクかもしれない。そして、世の中にはあんまり関わりになりたくないような人だっているわけだ。落とし主がヘンなやつで、中を見たと決めつけて逆恨みされるということもあり得ないとは言えない。

そして、相手もイヤかもしれない。変なオッサンに拾われて中を見られたかもしれないと思うのは。たぶん、顔を合わせないほうがいいだろう。

けっきょく、仕事が終わってから警察署に持って行った。覚悟はしていたが、やはり警察はお役所なのであった。ケータイを渡して、後はヨロシク、ではすまない。書類を書かなければならないのだ。

まず拾った場所の住所を聞かれた。だが、道路で拾ったので住所なんて分からない。**という建物の前の道路で、位置的にはその建物の道路を隔てた向かい側の民家が一番近い、と説明すると、地図を出してきて位置を確認した。それはいいとして、「では、**町xxxでいいですか」と聞かれて苦笑しそうになる。地図に道路の番地が載っていないのは当たり前だし、だからといってわたしが何番地かを決めるというのもヘンな話だ。だが、そんなことを言っても仕方がない。要するに、書類に番地を書くことになっているから、適当でも番地が必要なわけだ。ハイハイ、けっこうですよ。

落とし主はたぶん見つかるだろうし、お礼はいらないので、これで帰らせてもらえないかと尋ねたら、それでは困るのだという。その場合は「権利放棄書」を書いてもらわなければならないのだと。こっちとしては早く帰って原稿を書きたいんだけど。

というわけで、別に悪いことをしたわけでもないのに住所氏名電話番号などの個人情報を書かされる羽目になった。

忙しいから、と強引に帰ってしまっても、追っかけてはこなかっただろうな、とは思うんだけどね。


●追記2

さて、ケータイは持ち主の手に返ったんだろうか。

警察の人は、電話番号から持ち主を調べられると言っていたので、たぶんもう戻っているんじゃないかと思う。だが、連絡はない。そして、そのことに一抹の悲しさを感じている。

お礼を言ってほしかったのではない。むしろ、個人的にはお礼なんてない方がよかった。知らない人と話すのは苦手だ。お礼を言われるのはもっと苦手だ。

でも、これはやはりお礼を言うべき場合だろう。それなのに、それを言わない人間がいるのが悲しい?

これは、半分正しい。しかるべき振る舞いができない人間がいることは、やはり悲しむべきことだろう。

イヤな世の中だ、と嘆くのは間違いではないかもしれない。でも、わたしが悲しかったのは、自分がそういう人間を前提として行動してしまったことだ。イヤな世の中を作ることに加担してしまったんじゃないか? わたしがあのケータイへの着信に答えて、持ち主を捜す努力をして、自分で手渡せば、相手はちゃんと礼を言った可能性は高いだろう。

忙しいから、というのは嘘じゃない。でも、「正しさ」を怠けちゃいけない。そう思っている自分の振るまい方として、やっぱり悔いが残った。





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